喜多川 歌麿(きたがわ うたまろ)の代表作品・経歴・解説

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寛政三美人(当時三美人)

(1793年頃) 大判錦絵 39.3×26.3cm ボストン美術館/アメリカ

喜多川 歌麿(Kitagawa Utamaro)
1753年頃?生 - 1806年没
日本 / 江戸時代中期・浮世絵
  • 世界的に名声を博した最高峰の美人画絵師
  • 経歴・生涯: 繊細で優麗な描線を特徴とした美人画で知られる歌麿の作品は、写楽、北斎、広重らと肩を並べ国際的に高名な浮世絵師として広く名声を得ています。しかしその生年、出生地、出身地などは不明な点も多い謎の絵師でもあります。幼い頃に狩野派の絵師、鳥山石燕に学び1780年代には黄表紙や挿絵の錦絵などを手掛けたのち、1800年代には浮世絵美人画の第一人者に上り詰めます。歌麿が活躍した寛政年間は歌麿や写楽ら人気絵師たちが活躍した浮世絵黄金期ともいわれています。
  • 作風・モチーフ: 繊細で優麗な描線を特徴とし、さまざまな姿態、表情の女性美を追求した歌麿は、当時の浮世絵師の多くが描いていた遊郭の女性や花魁とともに、市井の町娘たちの姿も実に生き生きと描きだしました。それまで全身を描かれていた美人画の体を省き、顔を中心とする構図を考案したことにより、人物の顔や表情をクローズアップし、女性たちの表面だけではなくその女性の日常や性格、喜怒哀楽までも描きだそうとしています。また、歌麿は細密な描写も得意としており、寛政初期にかけて手掛けた「画本虫撰(えほんむしえらみ)」「百千鳥」「潮干のつと」などの狂歌絵本において、植物、虫類、鳥類、魚貝類は華麗で精緻に描き出されています。ほか、春画、肉筆画も手掛けています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【寛政三美人(当時三美人)】

    寛政期に実在した評判の美人娘3人で、中央は吉原芸者の富本豊雛(菊本おはんの説もあり)、手前二人は水茶屋の看板娘で右が難波屋おきた、左は高島おひさを描いた作品。浮世絵で描かれる女性の顔はどれも似ているといわれますが、吊り目がちのおきた、つぶらな瞳のおひさなど、歌麿の繊細な個性の描きわけをみつけることができます。
  • 【婦人相学十躰・ビードロ(ぽっぴん)を吹く娘】

    婦人相学十躰とは、美人大首絵の中に類型的な似顔を描くだけでなく、人格まで描き分けようとした歌麿の代表作ともいえるシリーズ物です。十躰とありますが、これまで5作品しか確認されておらず、そのうちの1作品が本作の「ビードロ(ぽっぴん)を吹く娘」。あでやかな市松模様の振袖に身を包んだ少女が、吹くと音が鳴るガラスの玩具で遊ぶ、あどけない様子を見事に描いた傑作。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
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ビードロ(ぽっぴん)を吹く娘
(1792-93年)

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婦人相学十躰・浮気之相
(1792-93年)

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娘日時計・午ノ刻

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歌撰恋之部・稀ニ逢恋

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山姥と金太郎 盃

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太閤五妻洛東遊覧之図
(1804年)

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見立忠臣蔵十一だんめ
(1794-95年)

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両国橋・船あそび


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