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東洲斎 写楽(とうしゅうさい しゃらく)の代表作品・経歴・解説

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三代目大谷鬼次の江戸兵衛

(1794年) 大判錦絵 約39.3×26.3cm 東京国立博物館

東洲斎 写楽(Tōshūsai Sharaku)
生没年不詳
日本・江戸 / 江戸時代中期・浮世絵
  • 謎の天才浮世絵師
  • 生涯・経歴: 寛政6年(1794年)突如として浮世絵界に現れ、約10ヶ月の期間内に約145点あまりの浮世絵を発表し、忽然と姿を消した正体不明の謎の浮世絵師として知られている写楽。生没年、出身地、師弟関係なども不明であり、また、彼を取り巻く謎として ①一般的には浮世絵師は版本等の挿絵を担当してから、1枚絵を手掛けるのに対し、写楽は大版錦絵28図という大作であったこと ②写楽の作品のすべてが版元蔦屋重三郎による独占販売であったこと ③寛政6年~7年という短い活動期間はなぜか という3点がさらに謎を深めています。
    ドイツの美術研究家ユリウス・クルトがレンブラントベラスケスと並ぶ世界三大肖像画家と紹介したことがきっかけで、大正時代頃から逆輸入する形で日本でもその評価が高まりました。
  • 作風・モチーフ: 役者の表情や顔などを独特のデフォルメによって描き、内面までもを露呈させるかのような強烈なインパクトのある作品群が特徴です。短い制作期間でしたが、スタイルによって4つの期間に区切ることができます。【第1期】…寛政6年5月。「大谷鬼次の江戸兵衛」に代表されるような大判役者大首絵図を手掛けた時期で、写楽の評価が最も高い 【第2期】…寛政6年7月。大判・細判役者全身像として、役者の容貌の誇張を抑えて全身の表現により場面の雰囲気をつくりだしている 【第3期】…細判役者全身像・間判役者大首絵・相撲絵 【第4期】…細判役者全身像・相撲絵・追善絵・武者絵等
  • 評価と影響:当時写楽は賛否両論あったようで、厳しい評価としては、モデルを欠点さえも美化せずに誇張したり、役者の内面を生々しく描きだしているとして酷評しています。しかし、写楽の作品によって大首絵の位置は高まり、役者絵の作画、販売量の増加を導いたと考えられており、後世に与えた影響も多大であるといえ、今日でも日本を代表する浮世絵師として世界中で輝きを放っています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【三代目大谷鬼次の江戸兵衛】

    寛政6年5月河原崎座上演「恋女房染分手綱」に取材している本作は、四条河原において、悪人鷲塚八平次に頼まれ、加担して一平を襲い御用金を狙う場面を描いています。鋭い目と厳しい表情の強いインパクトに加え、、懐から出して胸前に広げた両手の緊張感がこの場面の緊張感を見事に表しています。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
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市川鰕蔵の竹村定之進
(1794年)

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三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ
(1794年)

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中山富三郎の宮城野
(1794年)

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二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉

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二世沢村淀五郎の川つら法眼・板東善次の鬼佐渡坊

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二世市川高麗蔵の亀屋忠兵衛と中山富三郎の梅川

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嵐竜蔵の奴浮世又平と三世大谷広次の奴土佐の又平 

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三代目大谷鬼次の川島治部五郎
(1794年)


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