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岸田 劉生(Ryūsei Kishida)の代表作品・経歴・解説

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麗子肖像(麗子五歳之像)

(1918年) 油彩・カンヴァス  45.3×38.0 cm 東京国立近代美術館/東京

岸田 劉生(Ryūsei Kishida)
1891年6月23日生 - 1929年12月20日没
日本 / 洋画家
  • 日本近代美術屈指の洋画家
  • 経歴:17歳で外交派の黒田清輝が主宰する白馬会洋画研究所に入門し、2年後には第4回文部省美術展覧会に風景画2点が入選するなど早熟ぶりを見せていた劉生。ゴッホセザンヌゴーギャンマティスらを積極的に紹介していた文芸美術雑誌「白樺」と出会い大きな感銘を受け、高村光太郎、萬鉄五郎、斉藤与里らとともにフュウザン会(ヒュウザン会)を結成し、西洋の新しい美術の流れを汲んだ油絵大展覧会を開催し、成功をおさめます。フュウザン会ののち、ドイツの画家デューラーや、ファン=エイクなどの影響をうけ、厳格で冷徹なまでの写実的な画風へと変化していきました。
  • 作風・モチーフ:生涯を通じて肖像画の制作に取り組んだ劉生は、友人の肖像画を短時間に次々と仕上げていったため、「岸田の首狩り」と恐れられることもありました。しかし、職業モデルや友人では気難しい劉生の厳しい要請に応えられなかったため、次第に自画像や家族、特に娘の肖像を描くことが大半となりました。
  • 代表作品・作品解説
  • 【麗子肖像(麗子五歳之像)】

    劉生がデューラーに心酔していた時期に描かれた、はじめて本格的に愛娘の麗子を描いた作品。現実味のある肉付けと強いまなざし、精神性を表すかのような明暗対比、そしてデューラー独特の手に象徴的なものを持たせた肖像画のスタイルが、しっかりとこの作品に受け継がれていることがわかります。(参考:デューラー「自画像」
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
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麗子微笑(青果持テル)
(1921年)


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道路と土手と塀(切通之写生)
(1915年)


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麗子坐像
(1919年)


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静物(湯呑と茶碗と林檎三つ)
(1917年)


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童女図(麗子立像)
(1923年)


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