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歌川 広重(うたがわひろしげ,Utagawa Hiroshige)の代表作品・経歴・解説

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東海道五十三次(東海道五拾三次)之内 日本橋 朝の景

(1833年) 横大判錦絵 山口県立萩美術館・浦上記念館

歌川 広重(Utagawa Hiroshige)
1797年生 -1858年10月12日没
日本 / 江戸後期・浮世絵
  • 世界的に高い人気を誇っている風景画の巨匠
  • 経歴と生涯: 当時人気の浮世絵師歌川豊国と同門の歌川豊広の弟子として修行を始めた広重は、役者絵や花鳥図等様々なジャンルを手掛けましたが、特に美人画を描く絵師として認識されていました。
     1831年頃に発表された10枚シリーズの「東都名所」により、名所絵(風景がの意味)を中心に制作していくスタイルへと転向。1833年には代表作でもある「東海道五十三次」を手掛けるとブレイク。北斎と共に風景浮世絵師として名声を決定的なものとします。一方名所絵師として活躍するようになってからも花鳥図や美人画などを手掛けています。晩年には紙を縦長方向に用いた縦絵作品が多くなり、最晩年には広重の代表的シリーズのひとつでもある「名所江戸百景」を描き始め、62歳で生涯を終えるまで同シリーズ108枚を描き上げました。
  • 作風: 広重の初期の名所絵から見られる、透視図法を自然に取り込んだ巧みで大胆な画面構成、そして晩年になるほど顕著に表れるモチーフの大胆なトリミングは、ゴッホモネなど海外の美術家に多大なる影響を与えました。また広重の作品に好んで使われている鮮やかな藍色(ベロ藍)は、「ジャパンブルー」あるいは「ヒロシゲブルー」といって評価が高く、広重はこの色をぼかして空気感や光彩の表現にも成功しています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【東海道五十三次之内 日本橋 朝の景】

    公用で江戸から京都へ東海道を旅した際に描いた55枚(53の宿場に日本橋と京)のシリーズで、先に描かれていた「東都名所」で見られた大胆な構図に加え、移り変わる四季の叙情や風や雨を感じさせる立体的な描写などが見事な、広重の代表作です。その最初の1枚である本作は、開け放たれた木戸から日本橋を正面に望む構図が非常に新鮮であり、日本橋の何気ない早朝の光景を見事にとらえています。また異版として「東海道五十三次之内 日本橋 行列振出」が彫り直されています。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
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東海道五十三次之内 箱根宿

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東海道五十三次之内 吉原宿

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名所江戸百景・亀戸梅屋敷
(1857年)

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名所江戸百景・大はしあたけの夕立

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名所江戸百景・深川州崎十万坪
(1857年)

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鴛鴦(おしどり)
(1832-34年)

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富士三十六景・駿河薩多海上

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魚つくし・伊勢海老・車鰕・芝ゑび


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葛飾応為(かつしかおうい,Katsushika Oui)の代表作品・経歴・解説

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廓中格子先図

浮世絵太田記念美術館

葛飾応為(Katsushika Oui)
生没年不明
日本 / 江戸後期・浮世絵
  • 葛飾北斎の娘。北斎も認めた美人画の名手
  • 経歴・作風: 北斎の三女で名を「栄」もしくは「阿栄」という、江戸時代後期を代表する女性絵師のひとり。応為の号は、北斎が娘を「オーイ、オーイ」と呼んだので、それをそのまま画号としています。生没年は不明ですが、相当な変わり者で「女仙人になりたい」と願っていたと伝えられています。一度結婚するも離婚して父の元に戻り、以降は再婚せず助手をしながら自身も絵をかいて過ごします。その腕前は時として父を凌ぐほどであったといわれ、北斎も「自分が描く美人画は阿栄にはかなわない」と言葉を残しています。緊張みなぎる人体表現など北斎の特色をよく継承しているうえ、西洋画法への関心が強く、誇張した明暗法と細密描写に優れた作品が残されています。彼女の作として残された作品は非常に少ないですが、「北斎作」とされる作品の中にも、実際は応為の作、あるいは父との共作が相当数あると考えられています。特に北斎八十歳以降の落款をもつ肉筆画において、八十を過ぎた老人にしては彩色が若々しく、精緻に過ぎる作品がしばしば見られ、こうした作品を応為の代筆とする説もあります。[
作品 Pick Up
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月下砧打ち美人図(月下玉川砧打図)
(1818-30年)


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三曲合奏図


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夜桜美人図
(春夜美人図)


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葛飾 北斎(かつしかほくさい)の代表作品・経歴・解説

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富嶽三十六景・神奈川沖浪裏

(1831年) 横大判錦絵 山口県立萩美術館・浦上記念館

葛飾 北斎(Katsushika Hokusai)
1760年10月31日?生 - 1849年5月10日没
日本 / 江戸後期・浮世絵
  • 世界が認めた浮世絵の巨匠
  • 位置づけ:世界で高名な画家ゴッホが心酔し、西洋美術、さらにはドビュッシーら音楽家にも影響を与えたといわれる葛飾北斎。90年という長い年月の間に手掛けた作品は3万点ともいわれています。本人は転居を93回繰り返したり改号を30回したりと奇癖で知られていますが、天才的なデッサン力緻密で明快な構成能力に加え、旺盛で奔放なチャレンジ精神があってこそ北斎の芸術は大成したといえるでしょう。
  • 生涯と変遷 :19歳で勝川春章に師事し、狩野派や唐絵、西洋画などあらゆる画法を学び、名所絵・役者絵・黄表紙の挿絵等の浮世絵のあらゆるジャンルを手掛けます。35歳で勝川派を破門となると狂歌絵本の挿絵や肉筆画などを中心として活動していました。なお、生涯を通して版本の挿絵の提供者として膨大な数の作品を提供していますが、なかでも読本挿絵においては、人気作家曲亭馬琴コンビを組んだ前後に1400もの大量の挿絵を描き、馬琴とともその名を高め、挿絵というジャンル自体の評価も高めたといわれています。50歳を過ぎ、絵手本「北斎漫画」を刊行すると大変な好評を博し、北斎の代名詞的存在となります。種々の経験を経て、私たちがよく知る「富嶽三十六景」等の版画の連作を描き出したのは、じつに北斎60代の時で、洋風版画から学んだ空間構成、挿絵制作を通じて会得した動的な構図など、集大成ともいえる傑作を生みだしました。晩年は錦絵の制作は少なくなり「富嶽百景」のような肉筆画を手掛けるなど、90歳でその生涯を終えるまで制作意欲は衰えなかったといわれています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【富嶽三十六景】

    「富嶽」は富士山のことで、各地から望む富士山の景観を、随所に旅の情景や四季の風情とともに描いている風景版画です。たとえば「神奈川沖浪裏」では、大きなうねりを持った波の「動」と、毅然とたたずむ富士山の「静」の織り成す明快でダイナミックな構図が見事な傑作です。当初は主版の36枚で終結する予定でしたが、作品が人気を集めたため追加で10枚が発表され、計46枚になりました。追加の10枚の作品を「裏富士」と呼びます。浮世絵の風景画は当時「名所絵」と呼ばれており、このシリーズの商業的成功により、名所絵が役者絵や美人画と並ぶジャンルとして確立しました。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
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凱風快晴
(1831年)

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駿州江尻

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北斎漫画 初編より

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北斎漫画 第二編より

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風流無くてななくせ遠眼鏡
(1801-04年)

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百物語・さらやしき葛飾北斎

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肉筆画帖 鷹


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喜多川 歌麿(きたがわ うたまろ)の代表作品・経歴・解説

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寛政三美人(当時三美人)

(1793年頃) 大判錦絵 39.3×26.3cm ボストン美術館/アメリカ

喜多川 歌麿(Kitagawa Utamaro)
1753年頃?生 - 1806年没
日本 / 江戸時代中期・浮世絵
  • 世界的に名声を博した最高峰の美人画絵師
  • 経歴・生涯: 繊細で優麗な描線を特徴とした美人画で知られる歌麿の作品は、写楽、北斎、広重らと肩を並べ国際的に高名な浮世絵師として広く名声を得ています。しかしその生年、出生地、出身地などは不明な点も多い謎の絵師でもあります。幼い頃に狩野派の絵師、鳥山石燕に学び1780年代には黄表紙や挿絵の錦絵などを手掛けたのち、1800年代には浮世絵美人画の第一人者に上り詰めます。歌麿が活躍した寛政年間は歌麿や写楽ら人気絵師たちが活躍した浮世絵黄金期ともいわれています。
  • 作風・モチーフ: 繊細で優麗な描線を特徴とし、さまざまな姿態、表情の女性美を追求した歌麿は、当時の浮世絵師の多くが描いていた遊郭の女性や花魁とともに、市井の町娘たちの姿も実に生き生きと描きだしました。それまで全身を描かれていた美人画の体を省き、顔を中心とする構図を考案したことにより、人物の顔や表情をクローズアップし、女性たちの表面だけではなくその女性の日常や性格、喜怒哀楽までも描きだそうとしています。また、歌麿は細密な描写も得意としており、寛政初期にかけて手掛けた「画本虫撰(えほんむしえらみ)」「百千鳥」「潮干のつと」などの狂歌絵本において、植物、虫類、鳥類、魚貝類は華麗で精緻に描き出されています。ほか、春画、肉筆画も手掛けています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【寛政三美人(当時三美人)】

    寛政期に実在した評判の美人娘3人で、中央は吉原芸者の富本豊雛(菊本おはんの説もあり)、手前二人は水茶屋の看板娘で右が難波屋おきた、左は高島おひさを描いた作品。浮世絵で描かれる女性の顔はどれも似ているといわれますが、吊り目がちのおきた、つぶらな瞳のおひさなど、歌麿の繊細な個性の描きわけをみつけることができます。
  • 【婦人相学十躰・ビードロ(ぽっぴん)を吹く娘】

    婦人相学十躰とは、美人大首絵の中に類型的な似顔を描くだけでなく、人格まで描き分けようとした歌麿の代表作ともいえるシリーズ物です。十躰とありますが、これまで5作品しか確認されておらず、そのうちの1作品が本作の「ビードロ(ぽっぴん)を吹く娘」。あでやかな市松模様の振袖に身を包んだ少女が、吹くと音が鳴るガラスの玩具で遊ぶ、あどけない様子を見事に描いた傑作。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
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ビードロ(ぽっぴん)を吹く娘
(1792-93年)

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婦人相学十躰・浮気之相
(1792-93年)

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娘日時計・午ノ刻

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歌撰恋之部・稀ニ逢恋

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山姥と金太郎 盃

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太閤五妻洛東遊覧之図
(1804年)

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見立忠臣蔵十一だんめ
(1794-95年)

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両国橋・船あそび


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東洲斎 写楽(とうしゅうさい しゃらく)の代表作品・経歴・解説

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三代目大谷鬼次の江戸兵衛

(1794年) 大判錦絵 約39.3×26.3cm 東京国立博物館

東洲斎 写楽(Tōshūsai Sharaku)
生没年不詳
日本・江戸 / 江戸時代中期・浮世絵
  • 謎の天才浮世絵師
  • 生涯・経歴: 寛政6年(1794年)突如として浮世絵界に現れ、約10ヶ月の期間内に約145点あまりの浮世絵を発表し、忽然と姿を消した正体不明の謎の浮世絵師として知られている写楽。生没年、出身地、師弟関係なども不明であり、また、彼を取り巻く謎として ①一般的には浮世絵師は版本等の挿絵を担当してから、1枚絵を手掛けるのに対し、写楽は大版錦絵28図という大作であったこと ②写楽の作品のすべてが版元蔦屋重三郎による独占販売であったこと ③寛政6年~7年という短い活動期間はなぜか という3点がさらに謎を深めています。
    ドイツの美術研究家ユリウス・クルトがレンブラントベラスケスと並ぶ世界三大肖像画家と紹介したことがきっかけで、大正時代頃から逆輸入する形で日本でもその評価が高まりました。
  • 作風・モチーフ: 役者の表情や顔などを独特のデフォルメによって描き、内面までもを露呈させるかのような強烈なインパクトのある作品群が特徴です。短い制作期間でしたが、スタイルによって4つの期間に区切ることができます。【第1期】…寛政6年5月。「大谷鬼次の江戸兵衛」に代表されるような大判役者大首絵図を手掛けた時期で、写楽の評価が最も高い 【第2期】…寛政6年7月。大判・細判役者全身像として、役者の容貌の誇張を抑えて全身の表現により場面の雰囲気をつくりだしている 【第3期】…細判役者全身像・間判役者大首絵・相撲絵 【第4期】…細判役者全身像・相撲絵・追善絵・武者絵等
  • 評価と影響:当時写楽は賛否両論あったようで、厳しい評価としては、モデルを欠点さえも美化せずに誇張したり、役者の内面を生々しく描きだしているとして酷評しています。しかし、写楽の作品によって大首絵の位置は高まり、役者絵の作画、販売量の増加を導いたと考えられており、後世に与えた影響も多大であるといえ、今日でも日本を代表する浮世絵師として世界中で輝きを放っています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【三代目大谷鬼次の江戸兵衛】

    寛政6年5月河原崎座上演「恋女房染分手綱」に取材している本作は、四条河原において、悪人鷲塚八平次に頼まれ、加担して一平を襲い御用金を狙う場面を描いています。鋭い目と厳しい表情の強いインパクトに加え、、懐から出して胸前に広げた両手の緊張感がこの場面の緊張感を見事に表しています。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
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市川鰕蔵の竹村定之進
(1794年)

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三代目瀬川菊之丞の田辺文蔵妻おしづ
(1794年)

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中山富三郎の宮城野
(1794年)

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二代目嵐龍蔵の金貸石部金吉

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二世沢村淀五郎の川つら法眼・板東善次の鬼佐渡坊

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二世市川高麗蔵の亀屋忠兵衛と中山富三郎の梅川

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嵐竜蔵の奴浮世又平と三世大谷広次の奴土佐の又平 

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三代目大谷鬼次の川島治部五郎
(1794年)


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