有名画家10選

日本人が好きな作家、知っておきたい作家さん10人を選んでみました。

明確な基準があるわけでもなく、アンケートをとったわけでもなく、絵画は本当に好みの問題でもありますので難しいですが、

①本で大きく取り扱われる

②テレビや教科書などで頻繁に目にする作品を描いている

③展覧会にこの画家の作品があると注目される

  ……などから見て探りました。絵画鑑賞初心者さまの「好きな絵」を見つける何かのきっかけになればと思います



国内で人気な画家・有名な画家10選

 ※年代順

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ダリ(サルバドール・ダリ/Salvador Daliの代表作品・経歴・解説

サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)
1904年5月11日生 - 1989年1月23日没
スペイン / シュルレアリスム
  • 奇抜で繊細、無意識の世界を描き出した画家、ダリ
  • 考え:スペインで生まれ、美術アカデミーにて細密描写を学び、その後印象派やキュビスムに興味を持ちつつも、ミロを 通じてシュルレアリストたちと接触したことで、自身の道をシュルレアリスムに見出しました。シュルレアリスト達は大きく分けて2通りあ り、フロイトや形而上絵画の画家キリコの影響を受けた夢の中を 描く画家達と、インクの染みや自動筆記のような無作為・偶然性で表現する画家達がいました。ダリは前者の代表的画家です、フロイトの 「夢診断」に心酔し、「偏執狂的批判的方法」と称する手法を確立。複数のモチーフが重なり合う像、騙し絵的なイメージを用いて、意識 下の非現実的な世界を描き続けました。
  • 自意識:自らを「天才」と称していたダリ。作品だけではなく、数々の奇行やセンセーショナルな発言で世間からの注目 は非常に高く、同時代の画家から反感を買っていたといわれています。しかし実際はいたって常識人だったようで、自身を「アート」とし て演出していたとも考えられています。
  • ミューズ:ダリの愛妻ガラ(ガラ・エリュアール・ダリ)。彼のインスピレーションの源であり、ダリの芸術を語る上で 重要な人物です。「ガラ以外は、全て敵である。」「私の全ての絵画はガラの血で描かれた。」と言葉を残しており、絵の中にもたびたび 登場します。
  • 代表作品・作品解説
  • 【記憶の固執】

    ダリの代表作のひとつで別名「やわらかい時計」ともいいます。溶けていくカ マンベールチーズから着想を得たと画家自身が語っています。この作品においてチーズは4つの時計に姿を変え、固い岩肌と海辺のある広い 空間の中に淡々と存在しています。中央の時計の下にあるものは「弱いもの」を象徴している怪物と言われ、手前の懐中時計に集っている アリは「死」のイメージとして描かれているようです。この作品の解釈については諸説あり、アインシュタインの相対性理論をヒントにし たという話もあります(これは画家自身が否定しているようです)。個人的には、「時間(時計)」をぐにゃりとさせたり、死や弱さのイ メージと結びつけていることで、時間そのものの定義を曖昧で不安定なものにしているように思えます。

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    ブグロー(ウィリアム・ブグロー(ブーグロー)/William Bouguereau)の代表作品・経歴・解説

    ヴィーナスの誕生

    (1879年) 油彩・カンヴァス 299.7 x 217.8cm オルセー美術館/パリ

    ウィリアム・アドルフ・ブグロー(ブーグロー)(William Adolphe Bouguereau)
    1825年11月30日生 - 1905年8月19日没
    フランス / アカデミズム
    • アカデミズムの巨匠。甘美な絵の代名詞、ブグロー
    • 位置づけ:ブグローが生きた19世紀後半のフランスは、印象派が1874年に第1回展を開くなど、新しい表現への転換を迎えていた時代でした。しかし美術学校お墨付きの”正統派”な、いまゆるアカデミック派の勢力は健在であり、カバネルとともに、この時代のアカデミズム絵画を代表する画家です。マネやセザンヌら印象派の画家たちの絵画を拒否した保守派の人物としても有名。生前は大変な人気を博していましたが、死後、印象派やモダニズム絵画の台頭により忘れさられていましたが、20世紀末頃からアカデミスム絵画を再評価する動きが始まり、ブグローについても再評価がなされるようになりました。
    • 作風:神話画や宗教画、そして風俗画を多数残しており、特に少女や女性の姿を描いたものが有名です。その世界観は、可憐で清楚、甘美、官能、耽美的という言葉と共に語られます。微妙な明暗の調子を再現する精緻な描写力、そして磨きあげられたマチエール(絵肌)が際立つその様式は、アカデミックな写実技法の極致ともいえるでしょう。
    • 経歴:フランス西部の港町・ラ・ロシェル生まれ。1846年パリのエコール・デ・ボザール(国立美術学校)に学び、新古典主義の画家ピコの弟子となります。1850年にはローマ賞(新進美術家に与えられる最高の賞)を受賞。1876年には美術アカデミー会員となり、1888年にはエコール・デ・ボザールの教授に就任します。ブグローは、絵に描いたようなエリートコースを歩んでいったのです。
    • 代表作品・作品解説
    • 【ヴィーナスの誕生】

      古くから非常によく描かれてきた画題である「ヴィーナスの誕生」。当時のアカデミーでは裸婦を描くのは神話の中の人物に限られていました。ボッティチェリから始まったヴィナース特有の体をS字にくねらせた「恥じらいのポーズ」を多少は残しつつも、開放的で人間的な女神として描かれています。

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  • 作品 Pick Up
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    地獄のダンテとウェルギリウス
    (1850年)

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    小鳥
    (1867年)

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    干草を作る女性
    (1869年)

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    ニンフとサテュロス
    (1873年)

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    キューピッド
    (1875年)

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    少女
    (1878年)

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    春の再来
    (1886年)

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    乾き
    (1886年)

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    キス
    (アモールとプシュケ)
    (1889年)


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    ゴーギャン(ポール・ゴーギャン(ゴーガン)/Eugène Henri Paul Gauguin)の代表作品・経歴・解説

    『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか

    (1897-98年) 油彩・カンヴァス 131.9×374.6cm ボストン美術館美術館/アメリカ

    ウジェーヌ・アンリ・ポール・ゴーギャン(ゴギャン)(Eugène Henri Paul Gauguin)
    1848年6月7日生 - 1903年5月8日没
    フランス / ポスト印象派
    • 色と線で表す、楽園の地への思い
    • 作風:ポスト印象派の巨匠ゴーギャン。彼はピサロやセザンヌの影響で印象派運動に参加しますが、「あまり自然に即し て描いてはならない、芸術はひとつの抽象だ」という理論のものと、印象派を脱し、若い画家仲間とともに総合主義(区分主義)を確立し ます。純粋な色彩、形態の単純化、、太い輪郭線を使って描くという特徴を持つ「クロワゾニスム」の手法を使って、平らな面として絵画 を構成させていきました。この手法は浮世絵からも強く影響を受けているといわれています。
    • 生涯:ゴーギャンが絵を本格的に始めたのは35歳の時。それまでは船員や株式仲買人等で生計を立て、結婚もし子どもに も恵まれた順風満帆な人生を送っていました。しかし、仕事で失敗し失業。その時、趣味として始めていた絵の世界にのめりこんでいたた め、これを機に画家の道へと転身を決意します。もちろん、彼の絵はすぐに売れるはずもなく、たちまち貧困に陥ると妻子は故郷に戻り、 彼もまた各地への放浪を始めます。ブルターニュ地方のポン=タヴェンでは、ゴーギャンを師と慕うベルナールやポール・セリュジェらと 親交を結んだり(後にポン=タヴェン派やナビ派となる)、南仏アルルでゴッホとの共同生活を送ったりしています。放浪の果て、安住の地と決めたのは、南国タヒチでした。
    • 代表作品・作品解説
    • 【われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか】

      心身衰弱して いたゴーギャンが遺書代わりに制作した作品。これを描いてすぐ砒素を使っての自殺を図りますが未遂となりました。ゴーギャン芸術の頂 点であり高い評価がありますが、題名の意味や絵の内容について謎が多い作品です。絵画の右から左へと描かれている3つの人物群像がこの 作品の題名を表しているともいわれていますが、画家の口からこの作品についての解釈はほとんどなされていません。ただし、ゴーギャン 自身は本作に対して「これは今まで私が描いてきた絵画を凌ぐものではないかもしれない。だが私にはこれ以上の作品は描くことはできず 、好きな作品と言ってもいい。私は死を前にして全精力と情熱を込めて描いた」と述べています。

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  • ゴーギャンの所属カテゴリー

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  • 作品 Pick Up
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    レ・ミゼラブルの自画像
    (1888年)

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    黄色いキリスト
    (1889年)

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    タヒチの女(パウラ・アピ)
    (1891年)

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    林檎と洋ナシと陶器の水差しのある静物
    (1889年)

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    ひまわりを描くファン・ゴッホ
    (1888年)

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    説教のあとの幻影
    (ヤコブと天使の争い)
    (1888年)

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    マンゴーを持つ女性
    (1892年)

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    裸婦習作
    (編み物をするシュザンヌ)
    (1880年)


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    シンベリ(ヒューゴ・シンベリ)(シンバーグ)(Hugo Simberg)の代表作品・経歴・解説

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    傷ついた天使

    (1903年) 油彩・カンヴァス 127×154cm  アテネネウム/ヘルシンキ

    ヒューゴ・シンベリ(シンバーグ)(Hugo Simberg)
    1873年6月24日生 - 1917年7月12日没
    フィンランド / 象徴派
    • フィンランドの国民的作家、シンベリ
    • 作風:シンベリの作品は、不気味なもの、超自然的なものをモチーフとしており、特に「死」や「悪魔」といった画題で 描かれた作品が有名です。また、「作品に説明は不要」と考えていたため、自身で作品について語らなかったり、作品にタイトル付けをし なかったりしていました。
    • 生涯:美術学校に進学するも、当時のリアリズム美術が肌に合わず退学。1895年、ルオヴェシで、アクセリ・ガッレン= カッレラの個人的な弟子となります。童話の挿絵を描いたり、タンペレ大聖堂のフレスコ画制作をしたりと活動し、今日ではフィンランド の著名な画家とされています。
    • 代表作品・作品解説
    • 【傷ついた天使】

      羽から血を流した少女の天使が、2人の少年の持つ担架の乗って運ばれてい く様子が描かれています。彼の代表作であり、2006年のアテネウム美術館で行われたアンケートではフィンランドの「国家の絵」に選ばれ ています。
      メランコリックで陰鬱な画面ながらも、少女の持つ花が「再生」を意味するマツユキソウであることなどから、様々な解 釈をして鑑賞することができます。

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  • 作品 Pick Up
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    死の庭園
    (1896年)


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    生命の庭


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    死が聞く
    (1897年)


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