ドラクロワ(ドラクロア,Delacroix)の代表作品・経歴・解説

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民衆を率いる自由の女神

(1830年)油彩・画布 260×235cm ルーブル美術館/パリ

フェルディナン・ヴィクトール・ウジェーヌ・ドラクロワ(Ferdinand Victor Eugène Delacroix)
1798年4月26日生 - 1863年8月13日没
フランス / ロマン主義
  • ロマン主義を代表する、色彩と情熱の画家
  • 作風:激しい色遣い、躍動感溢れる構図、生き生きとした人物描写が特徴で、殺戮などの凄惨なシーンも多く、サロンに出品されると賛否両論となりました
  • 性格:描く作風から、本人も激情的な人生を送ったと思われがちですが、大きな波乱もなくいたって普通の性格だったといわれています
  • ライバル:新古典主義のアングルとの対決が有名です。しかし、周りが扇動していただけで当人はそこまで騒いでおらず、逆に古典的文学や神話に主題を求めていたため、自らを古典主義といっていました
  • 代表作品・作品解説
  • 【民衆を率いる自由の女神】

    1830年のフランス7月革命を主題とするもので、中央で3色旗を掲げる女性が「自由」の擬人像です(胸がはだけているのは乳房が祖国を意味するため)。3色旗は女神の足元にいる男性にも繰り返し使われています。革命という主題をとりあげていることから、当時の美術革新であったロマン主義を象徴しているかのような記念碑的な作品でもあります
  • 【キオス島の虐殺】

    19世紀初頭のギリシャ独立戦争の際、トルコ人に抵抗した何千というギリシャ人がキオス島で虐殺される様子を描いた歴史画で、発表当初「絵画の虐殺だ」と物議を醸します。手前には恐怖や不安に怯え憔悴しきった人々の姿が描かれ、後景には、まるでこの人々の行く末を暗示するかのように凄惨な虐殺の様子が描かれています。同題材で、【ミソロンギの廃墟に立つ瀕死のギリシャ】も残しています
  • 【サルダナパールの死】

    ロマン主義の求める形の縮図ともいえるような、様々な感情が波のように入り混じった激情的で非常に動的な激しいリズムを感じる「サルダナパールは、自身の世俗の財産が破壊されるのを眺めている。 サルダナパールは軍の敗北に際し、財産を破壊し愛妾や愛馬を殺害するよう命じ、自身で火をつけたのである」というパイロンの戯曲に基づき描いたものです
  • 【アルジェの女たち】

    北アフリカに良好に言った際の、数百枚のスケッチを元に再現されました。空間に溶け込むような色彩は美しく調和し響きあい印象派の画家達はこの作品を大絶賛しています。

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  • 作品 Pick Up
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    キオス島の虐殺
    (1824年)

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    ミソロンギの廃墟に立つ
    瀕死のギリシャ
    (1834年)

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    サルダナパールの死
    (1827年)

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    アルジェの女たち
    (1834年)

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    ダンテの小舟(地獄のダンテとウェルギリウス)
    (1822年)

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    自画像
    (1837年)

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    墓地の孤児
    (1824年)

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    ショパンの肖像
    (1838年)

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    モロッコのユダヤ風結婚式
    (1839年頃)

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    セブー川の堤


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    ドニ (モーリス・ドニ,Maurice Denis)の代表作品・経歴・解説

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    ミューズたち

    (1893年)油彩・画布 171×137cm オルセー美術館/パリ

    モーリス・ドニ(Maurice Denis)
    1870年11月25日生 - 1943年11月13日没
    フランス / ポスト印象派
    • ナビ派宣言はこの人から・色彩を平面に戻した画家ドニ
    • 理論:「絵画が、軍馬や裸婦や何らかの逸話である以前に、ある秩序で集められた色彩で覆われた平坦な表面であることを、思い起こすべきである」というドニの言葉は「ナビ派宣言」といわれ、彼の作品がどういう目的を持っているかを的確に示しています
    • 受けた影響:自らの絵を音楽的と述べたゴーギャンに大きな影響を受けています
    • 与えた影響:彼の絵画論は視覚芸術・モダンアートの大きな出発点といわれ、キュビズム、フォーヴィズム、抽象絵画を支える理論的な支柱となりました
    • 代表作品・作品解説
    • 【ミューズたち】

      ミューズとはギリシャ神話に登場する芸術の女神ですが、ドニの描くミューズは現代的な衣装を身に纏うことで、さながら芸術と科学の女神を表しているようにも見えます。しかし、ミューズが描かれる際の決まりごとである持物を描かないことでテーマが曖昧になると同時に、ミューズは神話上では9人ですが、この作品には中央に10人目のミューズが描かれていることで鑑賞者の想像力を掻き立てています。陰影は最小限に抑えられ、地面や葉、服の模様などが文様化されたり輪郭線を用いたりすることで、画面に装飾性と平面性、非現実性が生まれています
    • 【マルタとマリア】

      聖書に登場する女性、マルタとマリアを描いたもので、画面左手の黒い服がマルタ、白い服がマリア、画面右側にキリストが配されています。背景の鮮烈な黄色や青色と、白や黒のモノトーンで描かれた人物3人が対比されています
    • 【木々の中の行列(緑の木立)】

      前景から中景にかけての彩色や描き込みを最小限に抑え、全体的に平坦な色でまとめる中にも、連立する樹のリズムが感じられます。画面をよりリズミカルにしている白い服の人物達が木立の間に描かれ、奥にいる天使に向かっていっているようにも見えます。ナビ派はポスト印象派のゴーギャンに多大な影響を受けていますが、象徴主義にも近しかったドニは、このような詩的・神秘的な作品、神話画や宗教画をを多く残しています。

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  • 作品 Pick Up
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    マルタとマリア
    (1896年)

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    木々の中の行列(緑の木立)
    (1893年)

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    キリストの墓を訪れる聖女たち
    (1894年)

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    受胎告知
    (1912年)

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    バッカスとアリアドネ
    (1907年)

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    天国へプシュケを運ぶクピド

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    マニフィカト


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    ドーミエ(Daumier)の代表作品・経歴・解説

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    三等客室(三等列車)

    (1860-63年)油彩・画布 65×90cm メトロポリタン美術館/ニューヨーク

    オノレ・ドーミエ(Honore-Victorin Daumier)
    1808年2月26日生 - 1879年2月10日没
    フランス / 写実主義(+ロマン主義)
    • 現実を辛辣に見つめ続けた画家、ドーミエ
    • 作風:都市で暮らす人々の暮らしを描き出す写実主義であると同時に、その画風や題材はロマン主義をも思わせます。
    • 経歴:マルセイユにガラス職人の子として生まれたドーミエは、私塾などに通いながら古典技法を学び、後にベリアールという職人から、その当時発明されたばかりだった最新技術である石版画の技法を学びます。フランスのジャーナリズム勃興期にあり風刺画家として王政や政治を批判した作品を描き一世を風靡しますが、1832年には、フィリップ王を風刺した石版画で当局から罰金と6ヶ月の入獄の刑を受けます。晩年は眼病が悪化し失明し、コローが与えた住居に住み、静かに生涯を終えました
    • 与えた影響:多作であった彼は、生涯に500以上のタブロー、4000のリトグラフ、1000の木彫、1000のドローイングを残しました。生前は風刺画家として名を上げましたが、鋭い観察眼によって描かれた油彩画は彼が亡くなってから高く評価され始め、後の印象派にも多大な影響を及ぼしています
    • 代表作品・作品解説
    • 【三等客室(三等列車)】

      ロマン主義のような感情的表現でもなくクールベのような写実絵画でもない、自由な筆運び・表現技法によって描いていた、ドーミエの油彩画の代表作。都市に暮らす人々の孤独感や閉塞感、さらに内に溢れる逞しさが伝わってきます
    • 【洗濯女】

      洗濯業は、力を込めて汚れを落としたり大量の服を一気に担がなければならない貧しい者達の行う重労働でした。ドーミエは都市の片隅で貧しいながらも逞しく生活している人々を愛情深い目線で捉えるています。白い背景の中で浮かび上がるように描かれた人物は、輪郭をぼかすことによって空間と調和させ静謐な時間を見事に絵画化しており、彫刻家ロダンは「ドーミエは素晴らしき彫刻家」と評し、ドラクロアも賛辞の言葉を残しています
    • 【ドン・キホーテ】

      ≪騎士道物語を読み過ぎて妄想に陥った主人公が、自らを伝説の騎士と思い込み、痩せこけた馬のロシナンテにまたがり、従者サンチョ・パンサを引きつれ遍歴の旅に出かける≫という同タイトルの小説を描いた作品です。理想や野望を持つも空回りするドン・キホーテに、ドーミエ自身の姿を重ねて描いたものと考えられています
    • 【被告人、さあ権利があるのだから発言しなさい】

      (英題「The accused has the floor!」)は、手足と口を押さえつけられ、彼の主張と思われる紙が床に散らばり、その後ろでは事の顛末を暗示するかのように斬首されそうな人物の姿も。自由を認めるという政策とは裏腹の実際の弾圧の様子を描いています。
    • 【今年もまたヴィーナス、来年もヴィーナス、、、】

      新古典主義含む、規範的保守的絵画への痛烈な批判の版画。
    作品 Pick Up
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    洗濯女
    (1863年)

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    ドン・キホーテ
    (1868年)

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    ドン・キホーテとサンチョ・パンサ
    (1868年)

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    被告人、さあ権利があるのだから発言しなさい
    (1835年)

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    We are all honest people, let's embrace one another, and let this be over with
    (1834年)

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    今年もまたヴィーナス、来年もヴィーナス、、、
    (1834年)

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    3人の弁護士の会話
    (1843-48年)

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    クリスパンとスカパン
    (1858-1860年)

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    絵画収集家
    (1857-1860年)

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    マグダラのマリア


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    クールベ(ギュスターヴ・クールベ/Courbet)の代表作品・経歴・解説

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    オルナンの埋葬

    (1849年)油彩・画布 314×663cm ルーブル美術館/パリ

    ギュスターヴ・クールベ(Gustave Courbet)
    1819年6月10日生 - 1877年12月31日没
    フランス / 写実主義
    • 絵画から「理想」を排除した画家、クールベ
    • 理論:同時代に活躍していた「ロマン主義」「新古典主義」を理想化・空想化していると否定し、絵画はもっと現実(リアル)を描くものと主張したクールベは、目に見えたものの本質を捉え美化せずにキャンバスに再現しようとしました。すなわち、当時サロンで最も権威の高かった古典絵画の模倣的な歴史画ではなく、低俗と見なされていた画題である庶民や労働者の姿、日常的な光景を描くべきという主張です。新しいレアリスムを追及した彼は、「天才」と讃えられる一方、「社会主義的」「野蛮人」ともされますが、今日では19世紀絵画界の重要な革新者として位置づけられています。
    • 写実主事の誕生:博覧会で大作が落選した際には会場近くに小屋を立て、そこで落選した作品を展示しました。これが世界初の個展といわれています。この個展の目録に記されたクールベの文章には「私は一人の人間として、自分は生きた芸術をつくりたいのだ」等と書かれ、これが後に「レアリスム宣言」と呼ばれ写実主義の幕開けを知らせるものとなりました。
    • 代表作品・作品解説
    • 【オルナンの埋葬】

      フランスの小さな村の埋葬の光景をまるで歴史画のように大きな画面の中に描いた斬新な作品として物議を呼んだ作品。芝居がかっていない現実的な葬儀の悲しみを描いている本作は発表当初非難の的でしたが、大げさで幻想的なロマン主義的絵画から離れ始めていた人々に受け入れられました。クールベ自身、「オルナンの埋葬はロマン主義の埋葬であった」と言葉を残しています。
    • 【画家のアトリエ】

      この作品はタイトルに「私のアトリエの内部、わが7年間の芸術的な生涯を要約する現実的寓意画」という言葉が続いているため自画像でもあり、集団肖像画でもあり、芸術の寓意画でもああるようです。全員が何らかの寓意をもって描かれており、画面右半分は友人含め彼ののレアリスム絵画を理解し支持する人々のグループで、画面左半分はクールベの芸術を理解しないグループと考えられています
    • 【石割り人夫】

      ボロボロになった服を着て黙々と作業に励む人物達、その顔は影に沈ませたり後ろを向かせることで鑑賞者にはっきりとわからないようになっています。光の演出や美化をしないで、社会の底辺の人物達をありのままに描いた本作は、画家の政治思想を訴えかける作品でもあり、「最初の社会主義的絵画」としても話題を集めましたが、第二次大戦中ドレスデン爆撃で焼失してしまいました
    • 【出会い(こんにちは、クールベさん)】

      画面右がクールベ、画面左にパトロンとその使用人が描かれています。クールベの媚びることのない(むしろふんぞり返っている)様子が印象的です。自己顕示欲の強かった画家は数多く自画像を残していますので、本作もそういった意味を持つ作品と考えられます。人物が落としている影は、クールベだけはっきり描かれ、他を木陰の中で曖昧にしているのも画家の自負心の暗示なのでしょう
    作品 Pick Up
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    画家のアトリエ
    (1854-55年)

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    石割り人夫
    (1849年)

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    出会い(こんにちは、クールベさん)
    (1854年)

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    女とオウム
    (1866年)

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    眠り
    (1866年)

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    パイプをくわえた自画像
    (1845-50年)

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    自画像(絶望の男)
    (1843-45年)

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    水浴
    (1853年)

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    シャンボール城
    (1874年)

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    村の若い娘たち


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    アメリカ20世紀美術の画家(有名画家・代表的な画家)

    アメリカ美術は,ヨーロッパの伝統美術から派生しながら独自の美的価値を樹立していきます。その歴史は約200余とまだ浅いですが、風土的・歴史的要因の複合作用によって,ヨーロッパ圏には見られないような新しい美術となった。アメリカは20世紀中ごろに現代美術の主導的地位を獲得します。

    20世紀に入りヨーロッパの前衛美術に触れたアメリカは、第二次世界大戦後、抽象表現主義の登場によって国際的なモダン・アートの潮流に大きな影響を与えるに至ります。その一方で、ありのままの対象をとらえたリアリズムの伝統は、アメリカ絵画の源流として、その黎明期より脈々と受け継がれてきました。そして、いかなる場合においても、果てしなく続く大自然の風景と、ニューヨークの摩天楼に代表される近代都市の景観は、そのいずれもがアメリカを象徴するものとして、多くの作家に創作のインスピレーションを与え続けてきました。

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