スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサード リンク

ワッツ(ジョージ・フレデリック・ワッツ,George Frederic Watts)の代表作品・経歴・解説

Watts1.jpg

希望

(1886年) 油彩・カンヴァス 142.2×111.8cm テート・ブリテン/イギリス

ジョージ・フレデリック・ワッツ(George Frederic Watts)
1817年2月23日生 - 1904年7月1日没
イギリス / ヴィクトリア朝・象徴主義
  • 象徴的で神秘的な作品のヴィクトリア朝を代表する画家、ワッツ
  • 生涯・経歴:ロンドンの貧しいピアノ職人の息子として生まれ、早くから芸術の才を示していたワッツは、18歳の時ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツに入学しますが、その後は主に独学で絵を学びます。1840年代の中頃に、ワッツはイタリアを訪問して、ミケランジェロのシスティーナ礼拝堂、ジョットのスクロヴェーニ礼拝堂らに強い霊感を受けます。
     今日では象徴主義の画家として名が知られていますが、当時は肖像画家としても尊敬され、当時の重要な人物たち、たとえば詩人アルフレッド・テニスン、ミレイやレイトンなどをモデルとして描きました。謙虚で慎ましい性格だったワッツは、ヴィクトリア女王からの准男爵授爵や、ロイヤルアカデミー会長の話がありましたがこれを辞退しています。1902年にはメリット勲章を授与され、1904年自宅の近くにあった建物をワッツ・ギャラリーに改築し自身の芸術品のみを集めた美術館を完成させ、同年死亡しました。
  • 作風:生命の不確かさ・儚さ、生命と進化のダイナミックなエネルギー、人生の感情や願望などを、普遍的な象徴的言語で表現しようとした「House of Life」と呼ばれる寓意的な作品で知られています。レイトンから影響を受けた古典主義的な画風、またラファエル前派に近いともいわれますが、後期にはワッツの到達点はより神秘的なイメージに変わっていき、抽象画に先鞭をつけたような作品もみられます
  • 代表作品・作品解説
  • 【希望】

    目隠しをされているのか怪我をして包帯を巻かれている女性が地球のような丸い球体に力なく腰掛け、たった一本の弦しかない竪琴を弾いて(その音に耳を傾けて)いる姿が描かれています。抽象的な「希望」という概念を普遍的な図像として形作っている本作は、ギリシャ神話に登場するパンドラ(禁断の箱を開け、世の中に禍をもたらした女性)から着想を得ているものとも考えられています。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
Watts2.jpg

オルフェウスとエウリュディケ

Watts3.jpg

サー・ガラハッド
(1888年)

Watts4.jpg

ヘンリー・エドワード・マニング枢機卿の肖像
(1882年)

Watts5.jpg

選択(エレン・テリーの肖像)
(1864年)

Watts6.jpg

Found Drowned
(1867年)

Watts7.jpg

エンデュミオン
(1872年)

Watts8.jpg

無垢を覆う死
(1886-87年)


スポンサーサイト
スポンサード リンク

レイトン(フレデリック・レイトン ,Frederic Leighton)の代表作品・経歴・解説

Leighton1.jpg

燃え上つ6月

(1895年) 油彩・カンヴァス 120.6 × 120.6cm ポンセ美術館/プエルトリコ

フレデリック・レイトン (Frederic Leighton)
1830年12月3日生 - 1896年1月25日没
イギリス / ヴィクトリア朝・新古典主義
  • 爵位を授けられた画家
  • 経歴と作風:イギリスで医者の息子として生まれ、25歳にフランスに渡り修行し、そこで彼の最初の傑作とされる「チマブーエの聖母」を手掛け、この作品はビクトリア女王によって買い上げられます。
     パリでアングルドラクロワコローミレーらと出会ったのち1860年にロンドンへ転居。ラファエル前派の画家らと交流を深め、古代ローマやギリシャに主題を求めた荘重で古典的な世界を描写し徐々に名を高めていきます。1878年にロイヤル·アカデミーの会長に選出。20年ほど会長を務めます。1896年には『ストレットンのレイトン男爵』の爵位がレイトンに授けられ、画家で最初の貴族に列せられますが、授与の翌日、狭心症の発作で急死しました。聡明で美男子なレイトンは生涯独身であったため(同性愛者だったからともいわれています)、たった1日で伯爵家は断絶しました。
     ロンドンにあった彼の家はレイトンハウス美術館と称され、彼の制作した彫刻や絵画作品を楽しむことができます。
  • 代表作品・作品解説
  • 【燃え立つ6月】

    レイトンの最も有名な作品とされている本作は、ニンフともとれるような古代風の服を着た女性が、夏の午後の太陽の光を浴びながらまどろむ姿が描かれています。(画面右上には有毒植物であるキョウチクトウ枝が描かれているため、眠っているとも死んでいるとも考えられます。)よく見るとかなり不自然なこのポーズですが、モデルが裸の状態でデッサンをとり、透明感のあるドレープを着せても自然に見えるように考えられています。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
Leighton2.jpg

イカロスとダイダロス
(1869年)

Leighton3.jpg

漁夫とセイレーン 
(1856–1858年)

Leighton4.jpg

ペルセポネの帰還
(1891年)

Leighton5.jpg

アンティゴネ
(1882年)

Leighton6.jpg

くだもの籠を持つ娘
(1863年)

Leighton7.jpg

Portrait of May Sartoris
(1860年)

Leighton8.jpg

画家の蜜月
(1864年)


スポンサード リンク

バーン・ジョーンズ(エドワード・バーン=ジョーンズ,Burne-Jones)の代表作品・経歴・解説

Burne-Jones1.jpg

黄金の階段

(1876-80年) 油彩・カンヴァス 269.2×116.8cm テートブリテン/ロンドン

エドワード・バーン=ジョーンズ(Sir Edward Coley Burne-Jones)
1833年8月28日生 - 1898年6月17日没
イギリス / ラファエル前派周辺
  • ラファエル前派をイギリス画壇の主流に押し上げた、幻想と装飾の画家
  • 経歴・生涯:聖職者を目指してオックスフォード大学に進学したバーン・ジョーンズは、そこで生涯の友となるウィリアム・モリスと出会い、彼の影響で美術家、デザイナーとなることを決意します。絵画や彫刻、家具、金属細工などの美術職人たちの集団「モリス商会(モリス・マーシャル・フォークナー商会)」に参加し、装飾デザイナーとしてモリスの活動を支えつつ、自身の絵画制作も進めていきます。装飾芸術家として安定な収入を得つつ、1877年、に「欺かれるマーリン」を含む、8点の油彩画を展示すると、彼は新しい耽美主義の先駆者およびスターとして取り上げられることになります。
     死後、美術運動の回転が加速する中でバーン=ジョーンズは時代遅れな作品とみなされていましたが、20世紀後半に作品の再評価がなされるようになり、再び称賛を得ることとなります。彼の作品はイギリス絵画に多大な影響を及ぼしただけでなく、世紀末象徴主義へと展開されていきました。
  • 作風:幻想的な画風の師ロセッティにその才能を見いだされたバーン・ジョーンズの作品は、ギリシャ神話や中世文学に主題を見出しているものが多く、優美で幻想的、そしてゴシック教会のステンドグラスを思わせる繊細な装飾的画面が特徴です。
  • 代表作品・作品解説
  • 【黄金の階段】

    階段上にヴァイオリンやタンバリンなどの楽器を持った女性たちが降りてきている様子が描かれた本作は、音楽的な調和をテーマに、音階を文字通り音の階段に置き換えています。ミレイら他のラファエル前派の画家と比べ、女性たちの姿が人形のようであり、生き生きと写実的に描かれてはいませんが、連続的な人物の動きが強調され、画面を分割する階段の曲線と相まり、音楽的な動きが感じられます。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
Burne-Jones2.jpg

『眠り姫』-連作「いばら姫」
(1872-74年)

Burne-Jones3.jpg

欺かれるマーリン
(1874年)

Burne-Jones4.jpg

『果たされた運命-大海蛇を退治するペルセウス』-連作「ペルセウス」
(1872年)

Burne-Jones5.jpg

コフェチュア王と乞食娘
(1884年)

Burne-Jones6.jpg

ドラゴンのもとへいく王女サブラ
(1866年)

Burne-Jones7.jpg

受胎告知
(1879年)

Burne-Jones8.jpg

『メドゥーサの死 Ⅱ』-連作「ペルセウス」
(1882年)

Burne-Jones9.jpg

廃墟の中の恋


スポンサード リンク

アルマ=タデマ(ローレンス・アルマ・タデマ,Alma-Tadema)の代表作品・経歴・解説

Alma-Tadema1.jpg

ヘリオガバルスの薔薇

(1888年) 油彩・カンヴァス 132.1 × 213.9cm 個人蔵

ローレンス・アルマ=タデマ(Lawrence Alma-Tadema)
1836年1月8日生 - 1912年6月25日没
イギリス / ヴィクトリア朝
  • ハリウッド映画にも影響を与えた、ヴィクトリア朝の人気画家
  • 経歴と作風: オランダ生まれ、ベルギーで絵の勉強をしたのちイギリスに永住したアルマ=タデマは、旅行でイタリアを訪れ古代ローマのポンペイ遺跡等の建築や調度品に感銘を受け、それ以降で歴史をテーマにした絵画を描くようになりました。ラファエル前派の芸術家たちから学んだ明るい画面構成、華やかな色彩,正確な時代考証に基づいた卓抜した写実表現で,古代ギリシア、ローマ、エジプトの歴史絵巻や風俗画を残しています。壮麗で甘美な作品で一世を風靡し、その活躍ぶりから貴族に列せられるほど人気がありましたが、20世紀に入ると急速に評価が落ちてしまいます。
     近年では再評価の動きが高まり、初期ハリウッドの歴史映画製作に活用されたりと大きな影響を与えています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【ヘリオガバルスの薔薇】

    タイトルのヘリオガバルスは、ローマ帝国第23代皇帝であり、ローマ史上最悪といわれている君主。本作は彼が宴会に招いた客の上に巨大な幕を張り、幕の上に大量の薔薇の花を載せたうえで宴会中に幕を切り、花を一斉に落として客を窒息死させたという風評に基づいて描かれています。画面手前で薔薇に埋もれていく客たち、画面奥でそれを眺めるヘリオガバルスらの姿がみられます。
アルマ=タデマの画集、関連書籍、グッズ紹介

★管理人おすすめ★
ローレンス・アルマ=タデマ

Powered by
amazon_logo.gif 
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
Alma-Tadema2.jpg

見晴らしのよい場所
(1895年)

Alma-Tadema3.jpg

モーゼの発見
(1904年)

Alma-Tadema4.jpg

アントニーとクレオパトラ
(1883年)

 Alma-Tadema4-1.jpg

Alma-Tadema5.jpg

もはや恋敵とは
(1893年)

Alma-Tadema6.jpg


(1894年)

Alma-Tadema7.jpg

お気に入りの習慣
(1909年)

Alma-Tadema8.jpg

期待
(1885年)


スポンサード リンク

ロセッティ(ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ,Dante Gabriel Rossettiの代表作品・経歴・解説

Rossetti1.jpg

ベアータ・ベアトリクス

(1864-70年) 油彩・カンヴァス 86.4×66cm テート・ブリテン/ロンドン

ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ(Dante Gabriel Rossetti)
1828年5月12日生-1882年4月10日没
イギリス / ラファエル前派
  • ラファエル前派結成メンバー
  • ラファエル前派: ジョン・エヴァレット・ミレイ、ハント、ウィリアム・ホルマン、そしてロセッティらによって結成されたラファエル前派。ラファエルとは、イタリア・ルネサンスの巨匠ラファエロのことで、彼の絵画を規範とする古典偏重の絵画様式に支配されていた美術界に対し、興った運動です。会は美術批評家ジョン・ラスキンが唱えた「自然に忠実に描く」という芸術論に強く影響を受けており、屋外での自然の正確なスケッチに基づく写実表現を基礎としています。
    ロセッティは、他のラファエル前派の画家たち同様、聖書、伝説、文学などを題材とした作品を多く残していますが、技法的には仲間の他の画家たちのような徹底した細密描写は得意でなく、また、人物像の解剖学的把握にもやや難があり、全体として装飾的・耽美的な画面構成の作品が多いです。
  • 2人の女性の存在: ロセッティを語る上で欠かせない人物として、長い婚約期間の上に結婚した妻エリザベス・シダル(愛称リジー)と、ロセッティの弟子ウィリアム・モリスの妻ジェーン・バーデンが挙げられます。ロセッティはリジーとの婚約期間中にジェーンと出会い、リジーと結婚後もその関係を続けます。元々体が弱かったリジーは愛人の存在に心を痛め、結婚2年目で自殺同然に亡くなります。愛妻への罪悪感と、人妻への執着心により疲れきったロセッティは晩年は酒と薬に溺れ、自殺をはかったりもし、54歳で失意のうちに生涯を終えています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【ベアータ・ベアトリクス】

    妻リジーが亡くなった翌年に、彼女をモデルとして描いた作品。ダンテの「新生」にうたわれた詩人の初恋相手を題材としています。イタリアを代表する自身ダンテの研究者であった父に、その名を与えられたロセッティは、ダンテに対する傾倒が激しかったといわれています。
作品 Pick Up
※画像はクリックで拡大します
Rossetti2.jpg

受胎告知(見よ、われは主のはしためなり
(1849-50年)

Rossetti3.jpg

プロセルピナ
(1873-77年)

Rossetti4.jpg

レディ・リリス
(1868年)

Rossetti5.jpg

モンナ・ヴァンナ
(1866年)

Rossetti6.jpg

聖母マリアの少女時代
(1849年)

Rossetti7.jpg

マリー・スパルタリ・スティルマン
(1869年)

Rossetti8.jpg

祝福されし乙女
(1871-78年)


スポンサード リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。