マッケ(アウグスト・マッケ,August Macke)の代表作品・経歴・解説

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緑の上着の婦人

(1913年) 油彩・カンヴァス 44 × 43cm ヴァルラフ=リヒャルツ美術館/ケルン

アウグスト・マッケ(August Macke)
1887年1月3日生 - 1914年9月26日没
ドイツ / 表現主義・青騎士
  • 青騎士最年少メンバーで夭折の画家。幻想的な色彩の詩人
  • 経歴:初期は印象派やセザンヌに影響を受けたマッケの画風が転機を迎えるのは、1910年、青騎士の主要メンバーであるフランツ・マルクとの出会いでした。青騎士年鑑の編纂や展覧会にも関わり、青騎士主要メンバーとなります。1914年クレーとともに北アフリカアへ旅行へ出掛けると、その土地の鮮烈な色彩に感銘を受け、水彩画を数十点描きます。旅行から帰国後、第一次大戦に従軍し27歳の若さで戦死しました。
  • 作風・理論:ドローネーの色彩的キュビスム(オルフィスム)から強く影響を受けた透明感のある鮮烈な色彩が最も特徴的な他、セザンヌやキュビスムの影響を受けた理知的な画面構成、単純化された形態などがマッケの特色として挙げられます。
     画題としては、表現主義の他の画家が感情の表現に着目し政治的・思想的な主張や生の感情をぶつけたような色彩感覚を用いていることに対し、マッケは日常生活や人物などを好んで描きました。マッケにとって色彩は画家の内面を表す手段ではなく、色彩そのものが鑑賞者に与える効果という点について興味があったといえるでしょう。
作品 Pick Up
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妻の肖像
(1909年)

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木の下の少女たち
(1914年)

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カイルアンⅢ
(1914年)

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トルコ風カフェ
(1914年)

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園芸農業
(1911年)

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牛とラクダのいる風景
(1914年)

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小道の眺め
(1914年)

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さらば
(1914年)


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マルク(フランツ・マルク,Franz Marc)の代表作品・経歴・解説

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黄色い牛(牝牛)

(1911年) 油彩・カンヴァス 189.2×140.5cm グッゲンハイム美術館/ニューヨーク

フランツ・マルク(Franz Marc)
1880年2月8日 - 1916年3月4日没
ドイツ / ドイツ表現主義・青騎士
  • 青騎士の創始者。動物大好きな、夭折の画家
  • 経歴・生涯:マルクの画家としての活躍はわずか10年でしたが、カンディンスキーとともに青騎士を組織した画家として広く知られています。物質主義・合理主義に走る社会を嫌った彼は、純粋で無垢な存在として動物を好んで描きました。初期は印象派風に描いていましたが、パリでゴッホゴーギャンの自由でのびやかな作品たちに触れると「憧れていた魔法の森の中を歩く小鹿のようだ」とその感動を表し、彼の作品に大きな影響をもたらしました。第一次世界大戦に出征し、ヴェルダンの戦いにおいて36歳の若さで命を落としています。
  • 作風:大胆なタッチと非現実的な鮮やかな色彩で描いた動物の絵が有名です。マルクの色彩理論では「青は男性的で厳しく精神的な色。黄色は女性を現し、優しく陽気で官能的、赤は物質的で青や黄が克服しなければならない」と言っています。晩年には、ピカソらのキュビスムやロベール・ドローネーの作品らから影響を受け抽象化を試み始め、カンディンスキーと同様に作品の抽象化を進めています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【黄色い牛(牝牛)】

    動物の姿をそのまま写実的に描き写すのではなく、動物自身の気持ち・魂を描こうとしたマルクの初期の代表作。喜び飛び跳ねる牛は明るい黄色(マルクのいう女性的な黄色)に彩られ、牛と言う動物の概念を超えた華やかさと魂の躍動感に満ちています。観ているこちら側が楽しくなる作品です。
作品 Pick Up
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小さな青い馬
(1911年)

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(1912年)

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青い馬の塔
(1913年)

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青と黄色の2匹の猫
(1912年)

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鹿
(1913年)

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戦う形・せめぎあう形
(1914年)

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(1903年)

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死んだ雀
(1905年)


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ドラン(アンドレ・ドラン(Andre Derain)の代表作品・経歴・解説

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アンドレ・ドラン(Andre Derain)
1880年6月10日 - 1954年9月8日没
フランス / フォービスム
  • フォービスムの創始者で、指導的立場のドラン
  • 経歴・フォービスムの始まり:フォービスムの中心的存在マティス、そしてヴラマンクと知り合うと、ドランとヴラマンクはシャトゥーに共同のアトリエを設け、以後しばらく共同制作をします。1905年には、マティスとともに地中海に面した港町コリウールに滞在し、その港町の豊かな色彩は2人の画家の作風に決定的な影響を与えます。この年の秋のサロン・ドートンヌで彼らの作品は大胆な色彩と奔放で勢いある筆触で塗り込められた「フォーヴ」すなわち「野獣」のような絵画を発表すると、たちまち世間の注目を浴び、フォービスムが誕生しました。
  • 作風:フォービスムの創始者として有名なドランのフォーヴ様式で描いていた時期は実は短く、そのスタイルを常に模索し続けていた画家でした。「フォーヴ」という大きな革新的絵画で実験的な試みから間もなく、他の画家が新しいことをやろうと画策している中で、ドランはフォーヴを否定し、伝統的・古典的絵画へと近づいていきます。風景、人物、静物などさまざまな画題、作風も、ポール・シニャック風の点描に近い技法を用いた風景画から始まり、キュビスム風の静物画、セザンヌに大きな影響を受けたセザニスム的絵画や、ルネサンスやそれ以前のプリミティブなものまで遡った古典回帰的なものなど多様に変化していきます。ちなみに性格は気難しくて変わり者だったそう。
ドランのポスター
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クレー(パウル・クレー,Paul Klee)の代表作品・経歴・解説

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セネシオ

(1922年) 油彩・カンヴァス(ガーゼ)  40.5 x 38cm バーゼル美術館/スイス

パウル・クレー(Paul Klee)
1879年12月18日生 - 1940年6月29日没
スイス / 表現主義周辺・青騎士・抽象表現絵画
  • 色彩と線を使って生み出す「ポリフォニー(多声音楽)絵画」
  • 経歴:スイスのベルン市で音楽教師の父と声楽家の母のもとに生まれたクレーは、音楽の才能にも恵まれましたが、絵の道を志します。象徴主義の画家シュトゥックに指導を受け(1年で退学し)、その後は、ゴッホセザンヌカンディンスキーやマルクらと知り合うと、彼らが立ち上げた「青騎士」展には第2回展から参加し、この頃から光と色彩のフォルムや線描の単純化等の探求が始まります。
     クレーの画業の転機となったのは1914年、北アフリカのチュニジア旅行でした。この旅で大いなる感銘を受けたクレーは鮮やかな色彩に目覚め、作風は一変します。この感動を自身の日記で「色彩が私を永遠に捉えた。私と色彩はひとつになった」と書き綴っています。この旅行以降、表現の幅を広げたクレーは、生涯で1万点以上の絵画、ドローイング、エッチングを残して亡くなりました。クレーの墓石には「この世では、ついに私は理解されない。なぜならいまだ生を享けていないものたちのもとに、死者のもとに、私はいるのだから」という画家の言葉が刻まれています。
  • 理論:作品が生まれる過程として①実物の厳密な模写 ②感じたままに主線を引く ③すべてをはじめの状態へ戻す としています。描かれているモチーフの観察から始まり、そこから徹底して無駄なものを省きシンプルに還元・凝縮をしようとする作業です。
     それらを色彩と自由な線により描いたクレーの絵画は、まるでリズムやハーモニーが聞こえてくるかのような「ポリフォニー(多声音楽)絵画」呼ばれる色調と色彩を重ね合わせた絵画に発展していきます。
  • 代表作品・作品解説
  • 【セネシオ】

    タイトルは、キク科の植物の花「セネシオ」と、老人を意味する「senex」から派生した言葉の意味を持ち合わせています。本作は、複雑な人間の表情をいかにシンプルな要素で描けるか、という試みがなされており、赤い円の目、垂直線の鼻、小さい四角い口で人間の表情と感情の変化を過不足なく表しています。また左右の顔のバランスが崩れていることから、若さから老いへの移行を描いているとも言われています。すなわち、左半分が若さ溢れるエネルギッシュな顔、右半分が落ち着いた雰囲気で描かれた顔であり、実は齢40才を過ぎたクレーの自画像ではないかという説もあります。
    (参考文献:「世界の名画」の謎を楽しむ本
作品 Pick Up
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さえずり機械
(1922年)

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金魚
(1925年)

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花の神話
(1918年)

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R荘
(1919年)

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パルナッソスへ
(1932年)

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死と火
(あるいは死と炎)
(1940年)

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大通りとわき道
(1929年)

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猫と鳥
(1928年)


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ココシュカ【オスカー・ココシュカ(Oskar Kokoschka)】の代表作品・経歴・解説

オスカー・ココシュカ(Oskar Kokoschka)
1886年3月1日生 - 1980年2月22日
オーストリア / 表現主義周辺
  • 「野蛮人」といわれた、ウィーンの代表的画家
  • 位置づけ:ドイツの表現主義運動の雑誌「シュトルム」の同人。エゴン・シーレと同じく、ウィーンの巨匠クリムトに才能を見出されます。特定の芸術運動には参加せず、。激しいタッチと色彩で、時には持ち運びが困難になるくらい厚塗りしたりと、独自の奔放な作風が特徴です。
  • 逸話:代表作「嵐の花嫁」に描かれている女性、アルマ・マーラーとの失恋の際には、彼女の等身大の人形をつくり、どこへいくにも持ち歩いていたそう。ある日、ココシュカは酒に酔った勢いで人形の頭を割って「画家と人形」の関係は終わったとのこと。

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