モンドリアン(ピエト・モンドリアン,Piet Mondrian)の代表作品・経歴・解説

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ブロードウェイ・ブギ=ウギ

(1942-43年) 油彩・カンヴァス 127 x 127cm ニューヨーク近代美術館

ピエト・モンドリアン(Piet Mondrian)
1872年3月7日 - 1944年2月1日没
オランダ・アメリカ / 抽象主義
  • 垂直線と水平線で描く「冷たい抽象」
  • 生い立ち:1872年オランダで生まれ、アムステルダム国立美術アカデミーを卒業後、パリにアトリエを構えました。そこでピカソやブラックらのキュビスムに感銘を受け、抽象表現の研究に向かうこととなります。それから1940年アメリカに移り住むまでオランダ、パリ、ロンドンで抽象表現の実験を重ね、「コンポジション」の作風を確立していきます。戦火を逃れるためにアメリカに移住した70歳のモンドリアンは、大都会ニューヨークにすっかりはまり、代表作「ブロードウェイ・ブギ=ウギ」を描きました。
  • 理論:モンドリアンは「新造形主義」として、宇宙の調和を表現するためには完全に抽象的な芸術が必要であると主張しました。すなわち自然に対して、主観・感情、さらに奥行きや立体を排していくことでした。ついに画面からは様々な色や曲線は消え、水平線と垂直線、そして三原色と黒、白、グレーのみで作品を構成しました。
  • 与えた影響:絵を平面として捉え、額縁を取り除き、何かの描写ではない一つのそれ自体として完成された表現としての絵を追求したモンドリアンの姿勢は、様々な変化を経つつ抽象表現主義やミニマル・アートに受け継がれています。
  • 代表作品・作品解説
  • 【ブロードウェイ・ブギ=ウギ】

    華やかなネオン、そびえる摩天楼、そして人々の雑踏、、ニューヨークのブロードウェイの魅力の虜となった彼が、当時流行していたジャズ音楽を題名に用いた軽快な作品。水平と垂直の線、そして使われている色は3原色のみという無機質な要素で構成されているにも関わらず、画面に配された四角の大小が奥行き間を演出し、軽快なリズムをも感じさせるような、モンドリアンの傑作です。
作品 Pick Up
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赤と黄と青のあるコンポジションⅠ
(1921年)

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灰色の樹
(1912年)

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コンポジションⅠ(木)
(1912年)

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灰色とライト・ブラウンのコンポジション
(1918年)


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ダリ(サルバドール・ダリ/Salvador Daliの代表作品・経歴・解説

サルバドール・ダリ(Salvador Dalí)
1904年5月11日生 - 1989年1月23日没
スペイン / シュルレアリスム
  • 奇抜で繊細、無意識の世界を描き出した画家、ダリ
  • 考え:スペインで生まれ、美術アカデミーにて細密描写を学び、その後印象派やキュビスムに興味を持ちつつも、ミロを 通じてシュルレアリストたちと接触したことで、自身の道をシュルレアリスムに見出しました。シュルレアリスト達は大きく分けて2通りあ り、フロイトや形而上絵画の画家キリコの影響を受けた夢の中を 描く画家達と、インクの染みや自動筆記のような無作為・偶然性で表現する画家達がいました。ダリは前者の代表的画家です、フロイトの 「夢診断」に心酔し、「偏執狂的批判的方法」と称する手法を確立。複数のモチーフが重なり合う像、騙し絵的なイメージを用いて、意識 下の非現実的な世界を描き続けました。
  • 自意識:自らを「天才」と称していたダリ。作品だけではなく、数々の奇行やセンセーショナルな発言で世間からの注目 は非常に高く、同時代の画家から反感を買っていたといわれています。しかし実際はいたって常識人だったようで、自身を「アート」とし て演出していたとも考えられています。
  • ミューズ:ダリの愛妻ガラ(ガラ・エリュアール・ダリ)。彼のインスピレーションの源であり、ダリの芸術を語る上で 重要な人物です。「ガラ以外は、全て敵である。」「私の全ての絵画はガラの血で描かれた。」と言葉を残しており、絵の中にもたびたび 登場します。
  • 代表作品・作品解説
  • 【記憶の固執】

    ダリの代表作のひとつで別名「やわらかい時計」ともいいます。溶けていくカ マンベールチーズから着想を得たと画家自身が語っています。この作品においてチーズは4つの時計に姿を変え、固い岩肌と海辺のある広い 空間の中に淡々と存在しています。中央の時計の下にあるものは「弱いもの」を象徴している怪物と言われ、手前の懐中時計に集っている アリは「死」のイメージとして描かれているようです。この作品の解釈については諸説あり、アインシュタインの相対性理論をヒントにし たという話もあります(これは画家自身が否定しているようです)。個人的には、「時間(時計)」をぐにゃりとさせたり、死や弱さのイ メージと結びつけていることで、時間そのものの定義を曖昧で不安定なものにしているように思えます。

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    ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico)の代表作品・経歴・解説

    ジョルジョ・デ・キリコ(Giorgio de Chirico)
    1888年7月10日生 - 1978年11月20日没
    イタリア / 形而上絵画派
    • 形のないもの、心の奥深くに潜むものを描いた画家、キリコ
    • 作風:キリコの作品は「形而上絵画」と呼ばれます。形而上とは「形のないもの、超自然的な もの」という意味であり、すなわち、目に見えるものや形のあるものを描くのではなく、その奥に潜む何か―神 秘や深層的なもの―を表現しようとしました。
    • 特徴:画面上でずれた遠近法の焦点、小さく描かれた人物、時刻と合っていない不自然に伸び る影、異質なオブジェによって構成された神話の物語などが作品の特徴として挙げられます。はまるで白昼夢の ような作品から、静謐、郷愁、謎、幻惑、困惑、不安などが感じとれます。また、事物を奇妙な組み合わせで描 く「デペイズマン」という手法を用いており、これはシュルレアリスムの画家、ルネ・マグリットやマックス・ エルンスト、ダリらにも多大な影響を与えたとされています。
    • 代表作品・作品解説
    • 【通りの神秘と憂愁】

      どこまでも続く建物、焦点の定まらない遠近 法、長く引き伸ばされた影、そんな空間にひとり描かれた少女と、建物からはもうひとりの人物を思わせる影の 姿。どこかの街の景色にありそうなモチーフたちも、キリコによって再構成されると、そこは現実と幻想の狭間 のようでもあり、あるいは、心象的な風景にも感じ取ることができ、鑑賞者の心に潜む不安定な感情に訴えかけ る風景となります。
    • 【ヘクトールとアンドロマケー】

      定規のようなものなどが集積され た、顔のない2体のマネキンのような擬人像は、ホメロスによる叙事詩「イリアス」に登場する、王ヘクトールと 王妃アンドロマケー。戦場へ出兵する夫と奥さんの別れの様子を描いているとのことです。物語を知らずとも、 不思議な緊張感と、圧倒的な存在感を放つ作品です。

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    バルテュス(Balthus)の代表作品・経歴・解説

    バルタザール・クロソウスキー・ド・ローラ・バルテュス(Balthasar Klossowski de Rola Balthus)
    1908年2月29日生 - 2001年2月18日没
    フランス / 20世紀フランスの画家
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    • 20世紀のもっとも優れた人物画家のひとり、バルテュス
    • 作風:独学でルーブル美術館の巨匠達(プッサンシャルダン)などを模写し習得した、古典的絵画技法を礎とした堅固な構成と繊細な描法が特徴です。しかし様々な絵画理論や前衛的表現が乱立する中で、古典的技法の絵画の売り込みに苦心したバルテュスは自らの知名度を上げるために、官能性やエロティシズムに満ちた題材を描き世間に衝撃を与えます。名声を得た後は衝撃性の和らいだ少女像や裸婦を独特の世界観で描いています。
    • 考え:自分の絵は「読む」のではなく「見る」べきものと固く信じていたバルテュスは、例えば自らの生涯から作品について言及されるべきではない、という考えを持っていました。
      「伝記的事実は必要なし。バルテュスは画家で彼については何も知られていない。そこで早速絵を観よう」画家の言葉より
    • 原久路:バルテュス作品の特異な人物群を、構成はそのままに実在のモデルを使って写真で再表現した写真家。丁寧に撮られたひとつひとつの作品からはバルテュスへの愛と敬意が感じられ、とても興味深い(リンク:原久路写真展「バルテュス絵画の考察II」

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    レンピッカ(Lempicka)の代表作品・経歴・解説

    タマラ・ド・レンピッカ(Tamara de Lempicka)
    1898年5月16日生 - 1980年3月18没
    フランス・アメリカ / アール・デコ
    • 奔放と洗練、時代を挑発し続けた女流画家レンピッカ
    • 作風:幾何学図形をモチーフにした記号的表現や、原色による対比表現などの特徴がある”アール・デコ”様式の代表的画家。主に人物画や静物画を独特の透明感ある色彩と単純化したフォルムで描き一世を風靡します。しかし彼女は常に新しい絵画を模索し続け、抽象的な表現やシュルレアリスムに影響を受けた表現なども試みます。
    • 性格:自由奔放な性格の持ち主で、男性との浮名は数知れず。また同性愛であることを公言してもいます。流行のファッションに身を包み、当時女性には珍しかった車を運転するなど常に流行を体現していました。そんな自分自身の姿をプロのカメラマンに多数撮らせており、そこからはレンピッカの溢れ出る自尊心と生き様を感じ取ることが出来ます。
    • 代表作品・作品解説
    • 【緑の服の少女(緑のドレスの少女)】

      1930年に完成したこの作品は、レンピッカの娘キゼットをモデルとして描いています。これまでにも娘をモデルに使っていたことはありましたが、この作品で初めて官能的に意気揚々とした姿で描いています。「すべての作品は自画像」と語ったレンピッカは、緑のドレスを颯爽と着こなす娘に過去の自分を重ねて描いたのでしょう。アール・デコ美術を代表する1枚。
    • 【サン・モリッツ】

      1929年、レンピッカの才能の絶頂期に描かれた作品。ドイツのファッション雑誌「ディー・ダーメ」の表紙絵として制作されました。当時モダンなスポーツであったスキーを楽しむ女性をメランコリックな表情で美しく描き出しています。

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